2012年02月02日

名古屋も積雪

 1日夜半から雪が降り始め夜中降り続いたらしい。夜中にトイレに起きたら雪明かりで窓の外が妙に明るかった。朝はかなりの積雪かと思ったけど夜通し除雪したのか写真のように高速と幹線道路は車が流れていた。ニュースで騒いだ割にはちょっと拍子抜け。

 でも歩道は10CM程度の積雪のようで、奥さんは友達とのランチの約束に長靴を履いて出かけた。ANAホテルのフロントで履き替えて預けるとか(笑)お留守番の僕は成城石井のベジタブルオニオングラタンスープなんとか風をレンジでチンして食す。スープとパンはいけるのだけど野菜が生っぽくてなんとも抵抗があったけど感触。仕上げはパステルのクリームプリン、やたらと甘い。トータル何カロリーなのかななどと考えながら少しでも身になるよう祈る。(残念、食事の写真摂り忘れ)





 午前中降り続いた雪も午後は青空、リビングはまた温室にもどった、よかった。  

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2012年02月01日

気力不充実

 あっという間に今年ももう2月。何があったのだろうと思うと、3が日は珍しく冴香がいた。冴香が帰ったと思ったら雷太ファミリーが来て楽しく過ごしたすぐあとの10日から再入院。

 体調管理に気を付け水分控えめナトリウムいっぱいの食事に努めたからもう抗ガン剤対策は十分、ただ念のため入院計画はちょっと長めに一週間などとしていたのにまたナトリウム低下を起こし、苦しいナトリウム点滴治療を一週間追加。結局まるっと2週間入院になってしまった。おまけに今回2クールテストした抗ガン剤のネダプラチンは使えないという結論が出てしまった。毎回入院でいいからもっとやりたいと言っても癌より先に体が持たないからNOと言われてしまった。次の一手は退院までに決まらなかった。これはちょっとショック、下咽頭癌の対策は決まらなくても頸椎癌の治療に一ヶ月一度点滴に通うのでその時に検討しようということらしい。幸い頸椎癌の関係するような症状は出ていないけど、喉の方はいろいろ悪さをしているような気がする。左だけの中耳炎や複視、歯痛などもそうじゃないのかな癌が左側だから。

 23日の退院から10日ほども経ったけど何か気力が湧かない。外出する気にもならない。外出と言っても隣のローソン位だけどそれも出る気にならない。大寒波らしいので出る必要が無ければ出なければいいのだけど、雷太のタキシードの写真をプリントしたかったりがイマイチ元気が出ない。

 ただ何もしなかったのかとチェックしてみるとブログはこれで4本目、入院保険の書類作りそれとちょっと早かったけど確定申告書作成を済ませて奥さんに郵送してもらっている。金が絡むことはちゃんとするのかな(笑)結構頭は使っているらしい。

 確定申告も60歳の完全退職前は取られるばかりでいやだったけど60過ぎて厚生年金と退職年金だけになったら毎年10万以上戻ってくるようになった。去年そして今回は入院があったからか17万も返ってくる。退職年金の源泉徴収が多すぎるのが原因なのだけど申告しなければとられっきりになってしまうのかな?自分の金の年金化なのに給与並みに課税されているもともとの課税方法がおかしいのじゃないかな?保険も請求しなければ払われないしぼけてきて申告しなくなったら国や保険会社の丸儲けになるのかな。うちは僕が早く死ぬし奥さんそれまではしっかりしているから大丈夫だと思おう。

 つまらない事ばかり書いている、有紀子さんが壬月がジグソーに夢中だと書いてきた。先週8ピースとか言っていたのに今日のメールでは30何ピースとか、子供の成長はすごい。

 食べやすいしかし不味い病院食に馴れてしまったのか家での食事がお茶を減らすと辛い。次のテーマは病院食かな。

 

   

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2012年01月28日

佐藤藍子とタキシードと

 珍しく雷太の写真、それも見知らぬ?女性と。
 実はこれは日本競馬会主催のJRA賞表彰式で雷太と何年も前の国民的美少女佐藤藍子の二人で司会をした時のスナップ。不景気で本来なら男の司会もタレントを使うところJRAも司会のギャラまで予算が回らず雷太のところへ話しが来たらしい(笑)。だから雷太としての今回のトピックは司会をしたことでも佐藤藍子と二人だったことでもなく彼としてはとんでもない特別な買い物、タキシードを新調したことだったようだ。いくらかは知らないけどタキシードって随分高い物らしく司会のギャラでもなければ買えない、また買う気にもならないものなのらしいけど。NHKなどでは衣装部があって面倒見てくれるのかな?一時期(バブルの頃かな)若い人の間でやたらとチャライ色物のタキシードが流行ったのを部下の結婚式に出席するときなどに見かけたけどあれは別物なのかな?


 退院してからイマイチ体調が安定せず熱が出たり下がったり、痰が絡んで毎晩夜中に咳き込んだりしてよく眠れないとか(オレンジ色の痰で血痰かと勘ぐったり)耳の水の方は治ってしまったようなので次から次と異常が出ている感じ。左耳の聴力は回復してこないようで、補聴器の電池切れかと思ったら補聴器を使ってもノイズも聞こえないと言うことらしい。テレビはワイヤレスヘッドフォンで問題なく聞こえているけど通常でも聞き取りにくい奥さんとの会話が困る。電話は右耳で聞けば問題ないんじゃないかな?電話してみて下さいな(笑)  

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2012年01月27日

中耳炎

 今回の入院後に気が付いたのだけど左耳の聴力が右に比べて随分落ちてきた。家にいるときは何もしていなかったり両耳のヘッドフォンを使ったりしていたので気にならなかったけど病院でイアフォンを使うようになって左では全然聞こえないとわかった。普通ならすぐ聴力検査を頼むところを、なにせ24時間点滴の身の上耳鼻科の外来まで運んで貰うのが柄にもなく億劫でそのうちよくなるさなどとほっておいた。それで退院数日前の金曜日、やっと点滴が抜けてお風呂に入り髪もシャンプー、気分良くしていたのはいいのだけど、何時間経っても左の耳の穴が乾かない。寝ていると枕カバーがしみになる。膿とかではなく単純に透明な液体が溢れている感じ。

 土曜日状況を確認して日曜のドクターに診てもらうことにして月曜の退院前に聴力検査と診察を入れて貰った。

 結果は単純に言えば中耳炎、外耳やその周辺にも異常があるし鼓膜にも穴があるなどかなりひどい状態らしい。勿論聴力は以前や右に比べ20デシベルくらい急落しているけど、骨伝導には異常がないそうでこれは単純な鼓膜の障害によるものと考えていいらしい。しかし耳鼻科に入院していて中耳炎になるなんて笑えるはなし。ドクターたちも恥ずかしくはないのかな。なんとか、癌との因果関係を付けて説明するとかできないのかな。

 これは素人考えでも分かるのだけど異変は全て顔の左半分に起こっている。最初の首筋の腫瘍も左目の複視も、神経を抜いても痛みの抜けない歯や歯茎の痛みも、下咽頭癌の場所も、さらに今度の耳炎の件も全部左。このあたりを理屈を付けて説明してくれるドクターはいないのかな?今はみんなして次の抗ガン剤何にするかに興味が集中しているようだし。名大病院大丈夫かな?ムコダインという内服薬と点耳薬で耳の水は止まったようだし、単純な病気には間違った治療はしてないみたいだけど。他にいい病院を知っているでもなし、我慢して通うしかないね。  

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2012年01月23日

やっと開放

 3-4日、長くて一週間のつもりがまるっと2週間。そう、ご想像通りまたナトリウムが下がってしまった。ドクターを含めお茶など水分摂取の過剰が原因と楽観していた期待は見事裏切られて、抗ガン剤ネダプラチンの副作用と考えざるを得なくなった(前例はないそうだが)。副作用というのはだんだん馴染んで来るのではないかと思ったが、抗ガン剤の場合は副作用は強まるらしい。医者はこの薬を諦めて他の手を捜すつもりらしい、ただ段々と選択肢が無くなってきて困っているのは確かなようだ。

 またおいおい書くけれど耳は聞こえない、目はよく見えない歯は痛いし舌炎はできるし踏んだり蹴ったりの状態。入院していたとはいえ日曜から金曜の6日連続24時間点滴、点滴だけならともかく2時間おきくらいで起きて尿量の測定は参った。前回は尿管を入れて計っていたので睡眠不足にはならなかったけど尿管自体が気持ち悪くっていやだった。

 そんなわけで心身共に疲れ果てての退院。本当なら月曜診察の火曜退院のところ無理矢理日曜に診察して貰い今日、月曜に逃げ出してきた次第。変な話しだけど今一番やりたいことは自分のベッドで眠ること。今3時夕食まで寝よう。それではお休みなさい。  

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2012年01月08日

豆台風到来そして七草

 冴香も居なくなり小休止と言ったのもつかの間、6日には待望の孫たちがやってきました。壬月は駆け回り結月ははい回り、うっかりすると目につくコード類を片っ端からかじるという目の離せない存在。でもぐずったり泣いたりもせずご機嫌で遊んでくれました。結月はお兄ちゃんのプラレールに興味津々、お兄ちゃんを追いかけ回して揉めたり、もう兄弟げんかのまねごとまでして楽しませてくれます。壬月も春からは保育園を卒業3年保育の幼稚園の年少にバス通園、今度会うときにはまた全然違った顔を見せてくれるでしょう。ちゃんと会えるようにこちらも頑張らねば。

 さんざん楽しませて貰った(今年は)珍しく長いお正月でしたが、昨日の午後近鉄アーバンライナーに乗るという雷太、壬月組と新幹線でお手軽にという結月、有紀子さん組を時間差で京都へ送り出したら急に静かな二人の生活に戻り二人ともちょっとの間放心状態(笑)。夕食に二人でシンプルな七草がゆをすすりながらちびさんたちの写真を眺めてやっといつもの生活を取り戻したと言う感じで笑えました。

 あさってからはまた1週間ほどの予定の入院、前回は4日の予定が3週間今回はどうなることか。写真で分かるとおり僕の左目開くようになったのですが鎌倉へ行った頃に比べ斜視が進んでいます。右目は視力が落ちているし病状は時々刻々変化している感じです。びょいいんに行っているのにとイライラさせられますがここは名大に任せるより仕方がないですね。

 それでは写真です。








  

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2012年01月04日

しばしの平穏

 お正月も4日、今朝早く27日から来ていた冴香が東京に戻り久しぶりに?夫婦二人の生活に戻りました。でもこのマンネリ化した平穏も今日明日だけ、6日7日は雷太一家の2倍に勢力を増した豆台風が襲来する予定。ゆづちゃんが喘息のアレルギーがあるらしくお正月明けの今日医者へ行ったとか。ちょっぴり心配ですが、名古屋は大丈夫だろうと有紀子さん。そうあってほしいですね。

 やっとテレビもレギュラー番組に戻りつつあり、なんとなくほっとしています。ニュースも仕事始めの絵を流していますが国内ではたいした事件も無かったようで良かったですね。オームの指名手配犯が自首してきたのに警視庁の機動隊が追い返してしまったとか、なんかのんびりした話しが年末年始らしいと言った感じですが。

 冴香が大須へ初詣に出かけた時の写真がFACEBOOKにアップされていたので転載、お正月らしいでしょう。冴香のしているシルバーフォックスの襟巻き、ミヨさんの形見だそうですよ。こんな形で伝わっていくのでしょうか。

 仕事始めの皆さん寒波のようです、風邪に気を付けて、今年も頑張りましょう。



  

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2012年01月02日

年賀状

 今年(昨年)は思い切って年賀状の出す枚数を減らした。近い親戚と、高校大学を通じての親友かなと思える人。会社関係は義理はいっさい切り捨て(先輩も)OB会の世話役だけにする。そんなリストラやったら出す相手が十数枚になってしまった。結局はそんなものかと裏の絵柄も山陰旅行の松江城バックから孫との写真に変更。コメントも友人には病気のことを書く。

 でも結果は面白い物でこちらが選んで出したのと来るのでは5割以上すれちがい。こちらが切ったのにいいただいてしまった賀状は心を鬼に返事は出さないことにした。(来年も出せるかどうか分からないし、不愉快な病気のことも書きたくないし)あとは遅れてくるかも知れない賀状待ち。ひょっとしたら来年はブログと個別メールで済んでしまうかも。

 面白いのは、喪中の葉書をくれた人がFACEBOOKにはばんばん書き込んでいたりすること。やはり年賀状の形態自体が変わるのかも知れない。

 退職してから感じるのは受け取る(出す?)年賀状の数が僕と奥さんで逆転しその差がどんどん開いていくこと。これはどこもそうらしい。平均寿命の男女差を考えれば当然のことかも知れないけど、でもつくづく会社人間の悲哀を感じてしまう。男はNPO活動とかボランティア活動になかなか入っていけないものね。せっかく入っても体が言うことを聞かなかったり。元気な男は一人でできる庭いじりや山登りに精を出して居るみたい。年賀状からはそう読める。

 来年の年賀状を作らないとしたら我が家のおんぼろプリンターは2月の確定申告が最後の仕事になるのかな?


 今日はお正月2日、冴香と奥さんは午前中デパートの初売りと昨日はあまりの混雑に諦めた大須観音の初詣再挑戦。両方とも満足のいく結果だったようだ。ご機嫌の模様。
 冴香は午後は一人で熱田神宮へ出かけていった。よほど願い事が沢山あるらしい(笑)午前中雲があったけど今は青空いい初詣になるだろう。  

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2012年01月01日

元日2012

 あけましておめでとうございます。
といっても紅白が終わってまだ12時間ですが。一応朝ご飯をバナナで済ませ雰囲気だけでもとパジャマ兼用のジャージからお出かけ用?のジャージタイプのズボンとお正月っぽいセーター(ノルウエー製、着るの何年ぶりだろう)でちょっぴり演出、新年らしさが出たかな?

 準備ができたところで、早めのお昼に形ばかりのお節を並べ(松坂屋製)ワインでお祝い。その後冴香は年一回の晴れ着(着物姿)に着替え、僕に何枚か写真を撮らせたあと奥さんと大須観音に初詣。こちらはまたもやお留守番。

 しかしなんでお正月のテレビ番組はこうもつまらないのだろう。見え見えの録画か、生放送は3流芸人のバラエティーばかり。ましなのはスポーツ中継くらいだけど興味がないとどうしようもない。自分の部屋のテレビで録画のドラマや映画をを見るというのもあるけどそれではお留守番にならないし。まあ耐えるしかないかな。皆さんはどんな風にお過ごしですか?同じようなものなら安心するけど(笑)





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2011年12月31日

大晦日

 あと7時間ほどで今年も終わり。キッチンからは毎年恒例のパウンドケーキを焼く香りが漂ってくる。今年は冴香も手伝っている様子。

 今年もいろいろあったけど1月に第5頸椎への癌の骨転移が見つかったのだっけ。そして2月11日に複視の原因が癌に関係していると判明、ブログを始めるきっかけに。そして3月11日は大震災、自宅で地震を体感したしその後の津波の様子もテレビで生中継で見たし。

 変な言い方だけどこの地震のおかげで、随分と自分の身の不幸を嘆かずに済んだような気がする、世の中にはもっと不幸な人がいるのだと。

 嬉しいこともあった、その翌月4月12日に結月が誕生。ずいぶんスマートな赤ちゃんだと思わせたけど、さすが壬月の弟その後は立派なおでぶに。11月に行徳で見たときははいはいもできなかったけど今は壬月を追いかけ回しているとか。お正月6日に会うのが楽しみ。

 来年はどんな年になるのか、こちらが分かっているのは1月10日に再入院、11日に抗ガン剤ネダプラチンの再テスト投与。結果また電解質異常が起こるようだとその後は??。

 あまりくらい想像はしたくないから考えないようにしよう。また10日間くらいはブログお休みになるな。ご免なさい。スマホなら病院からでも大丈夫みたいだけどとてもそんな元気ないなあ。

 こちら度の合わないメガネ、治療途中の歯、聞こえにくい耳、1日1500CCのお茶とポカリスエット1本の水分制限などなどいろいろ面倒くさい年越しだけど、皆様方は楽しいお正月をお迎え下さい。

 この後また見たくもない紅白を見るともなく見てしまって、来年になっちゃうのでしょうね。ひょっとしたらそのころ新年の挨拶を書いているかも。それでは、良い新年を。

   

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2011年12月30日

あっけない話し

 今朝奥さんが物入れからアルミ製の脚立を出してきた。そういえばこんな物も家にあったっけ。何をするのかと思ったら、それを僕の部屋に持ち込み蛍光灯のカバーを付けるという。コツが居るし大丈夫かと下からサポートすることに。取り付けの方向を説明して下から「もう少し右」とか言い始めて物の1,2分、「カチッ」とロックがかかる音がしてカバーがはまってしまった。嘘だろう?僕も奥さんも半信半疑、恐る恐る脚立に登って調べると確かにしっかり取り付いている。23日の転倒は何だったのか。道具の重要性を思い知らされたというか、奥さんの頼りがいを思い知らされたというか(笑)

 午後は冴香と奥さんで赤池のお墓参りに、僕はまたお留守番。もう何年行ってないだろう。おじいちゃんおばあちゃんご免なさい。冴香や雷太は僕の子には珍しくこまめにお墓参りに行く、これは母方の祖父がお坊さんだったことのDNAがそうさせるのだろうか。

 ここ何日かやたら甘い物が食べたくなる。特にクリームをたっぶりきかせたプリン。ご飯のすぐ後でも食べたいくらい。体重増には良さそうな気がするけど、また血糖値でごちゃごちゃ言われるんじゃないかな。美味しい物は素直に美味しいと食べたいよね。  

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2011年12月29日

アウトレット

 今日29日は冴香とママが朝早くから張り切っている。聞けば長島温泉のアウトレットに買い出しに出かけるとか。そうなると僕はまた1日お留守番。昨日あたりからテレビも面白くないし、かといえ先日のように転倒してもいけないし昼寝でもしているか。

 昼はローソンのコンビニ弁当、今日はお気に入りのとろ鉄火が無かったが昔(唾液が出た頃)は大好物だった塩焼きそばがあった。ボリュームは少なめだがなんと560カロリーもある、昼はこれに決まりそれと森永の焼きプリンとポカリを合わせれば1000カロリー弱になるはず。栄養バランスはともかくカロリーは稼げる。でも焼きそばをポカリで食べるのはちょっとうんざり。

 夕方5時頃二人が帰ってきた。二人とも何か気に入ったものが手に入ったらしい、ご機嫌と言った感じ。クリスマスとお正月の端境期で混雑もして無くゆっくり選べたらしい。幸せそうな顔を見ているのはこちらも楽しくなる。やはりこれは奥さんにとって娘ならではの楽しみなのだろうな。冴香は今年は有給も併せて4日まで滞在するという。たっぷり遊んでやって下さいな。  

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2011年12月26日

福袋

 何かちょっと早すぎるお話のようだけど、この年末にあったんです。「洋服の青山」ってあるでしょ、そこの商品券が6000円ほどあって有効期限がこの12月。それで23日大転倒の日外出する奥さんについでに青山寄って何か実用的なアンダーシャツかなんかあったら買って、なければ変なものお金追加して買うより商品券なんか捨てちゃおうと言っていたのですが。

 そこにあったんですクリスマス?福袋。2万9千円相当が入って五千円。中身はジャージとかのスポーツウエアらしいというので奥さんも商品券捨てるよりはと茶目っ気を出して買ってみたそうです。

 家へ持って入ってきたときには何事かとびっくり。巨大な赤い手提げ袋を抱えてきたのですから。まさかそれを持って加藤登紀子のコンサート?と聞いたら帰りに買ったとか。とにかく二人とも生まれて初めての福袋、興味津々で開いてみると。

 うんと衣装持ちになったような気はする、いっぱい出てくる。その品にしては信じられない高額?な値札が付いている、確かに足せば2万なんぼだろう。全部中国製のポリエステル。在庫整理とかではなくこの福袋用にわざわざ作らせたのだろう。こうなると二人で顔を見合わせて笑うしかない。世の中の福袋ってこんなものなんですか?青山も長くないなあ。

 名古屋は朝雪、少し積もっていた、寒い。新幹線が遅れているとか。冴香は明日(27日)帰ってくるとか大丈夫かなあ。もう年末なんだ、否応なく思い知らされるのがテレビの番組、レギュラー放送が終わってしまいつまらない特番ばかり。これが当分続くのかと思うとうんざり。  

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2011年12月24日

大転倒

 昨日は奥さんが外出、年2回楽しみにしている加藤登紀子のコンサートと友達とのランチ。ぼくはお留守番。

 何かできることはないかと見回すと、そういえば僕の部屋(うんとよく言えば書斎)のランプが古くなっていて交換用の蛍光灯が買ったままになっていた。目が良くないし立ちくらみするし、天井に着いているので取り替えは毎回結構大変だというのでお正月に雷太が来たらやって貰おうかと話していたのだけど何となくできそうな気がして。それに奥さんをちょっとびっくりさせようかなんて気もあって、いつものように自分でやってみることに。

 ダイニングの椅子を踏み台代わりにカバーをはずし、5本の蛍光菅をいつもよりちょっぴり苦労しながらも難なく交換。なんだ、けっこうできるじゃないかと最後のそしていつも手こずる最大の難関、カバーの取り付けに。

 もう一度踏み台の椅子の位置を調整すれば良かったのかも知れない、そのままカバーを付けようと体が前のめりになった途端カバーを持ったまま椅子ごと前に落っこちた(感じがした)。しまったと思ったときは右肩を下にフローリングの床に激突。メガネが飛んだのが分かった。

 衝撃は感じたけど痛みは無い、でも体が動かない。どのくらいじっとしていたのか、意識不明にならなくて良かったなどと考えながら横になっていた。そのうち体が動きそうな気がしてきて骨折などしていないことを祈りながら手、足の順に動かしてみる、大丈夫。やっと体を起こしてメガネを捜す。頭のそばに落ちていた、カバーは?幸い壊れていない。全身チェックしてみると、右手の小指の付け根が触ると痛い。そこが体の下敷きになったよう。動かすと痛いがそうでなければ痛みもないし腫れても来ない、折れては居ないよう。取りあえず常備しているロキソニンテープを貼る。

 奥さんの怒る顔が目に見えるよう、さすがにもう一度試みようとは思えず、カバーはそのままに。でも部屋は明るくなったしまあいいかという感じ。

 小指が痛むようなら今日(土曜日)向かいの外科でレントゲンを撮って貰おうと思っていたけどその必要は無さそう。
歳を取るとちょっとしたことで骨折したりすると聞いていたけどなんとなく分かる気がしてきた。でも抗ガン剤の副作用にふらつきとか貧血とかあったけど、そいつがこれかなあ。入院中は外来の診察に行くのに看護婦に無理矢理車いすに乗せられたけど、こんな事を警戒していたのか。

 つまらないことを長々書いてしまった。つまらなかったでしょう、ごめんなさい。でもこう体の機能が次々落ちていくのはつい愚痴りたくなってしまう、済みません。  

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2011年12月21日

入院:テレビが友達

 去年の入院と一番大きく違ったこと、それはベッド備え付けのテレビ。地デジ対応の薄型液晶になっていた。テレビ台のテーブルユニットごと変わっていてDVDプレーヤーと小さな冷蔵庫が組み込みになっている(前回の写真参照)。無論有料で1枚1000円のカードを差し込んで使う。大体1分1円と書いてあるがもう少し高いような気がする。冷蔵庫は24時間で50円、音がしそうで使わなかったけど。液晶テレビのいいところは消灯後に点けていても光の漏れがほとんど無いこと。看護婦も文句言わないのでどうしても夜遅くまで見てしまう。目が悪いので新聞や週刊誌の活字が辛くて
どうしても朝からテレビ点けっぱなし状態になってしまう。おかげでテレビカードが1日ちょっとしか持たない羽目に。
水分摂取の制限もあってストレスが貯まってやけくそでテレビを見ていた。逆に言えばテレビが救いだったかも。そう思って奥さんに唯一の贅沢許してとか言って笑われたりしていた。

 入院の思いではこれくらいかな、入院シリーズはこれでお終いにしよう。明日は眼科の通院入院中に複視の矯正は諦めたくせに緑内障の疑いがあるとか言われ通院の羽目に。これにも笑っちゃう話しがあるのだけどまた次回。  

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2011年12月21日

入院:誕生日

 12月13日入院中に64歳の誕生日を迎えました。病院からのお祝いは誕生日特別職。お昼に料理長みたいな人と婦長さんが運んで来ました。写真はピンボケで良く分からないかも知れないですが仕切られたお弁当箱に、甘エビとホタテのお刺身、鴨のロースト、さわらの焼き物、野菜の煮物、メロンとオレンジ、ケーキと病院食とは思えない豪華版。入院が長引いたのも悪いことばかりではないと思えた次第。

 もうひとつお上からのプレゼントもありました。昭和22年生まれの僕は64歳から厚生年金が全額支給(基礎年金分)。月額6万数千円ですが年金生活者で医療費もかかる人間としては結構ありがたいです。人生最後の増収かと思うと感慨もあるし。来年6月には奥さんも年金支給開始(サラリーマンの妻は65歳まで貰えない)これで長年払い続けた厚生年金がやっと全額回収でき始めることになります。でもこの調子ではそう長いこと貰えそうもないな(涙)。せいぜい入院保険でも稼ぎますか(笑)。でもそれもあと1年、65歳からは支払額が半分になるとか。歳を取るって良いことないですね。



  

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2011年12月20日

入院:僕の奥さん

 去年の入院の時から支度はすべて奥さん任せ。持っているサムソナイトのケースの一番小さいのに(海外へ行くときは僕の一人分)実に要領よく洗面器からタオル勿論着替えや食器の類までパッキングしてくれる。僕が自分でやったら何日もかかりそう。今回のように4,5日の予定ならじゅうぶんな支度だ。おかげで僕は小さな書類鞄に入院書類や自分の小物を詰めるのに専念できる。

 そんな状態なのに奥さん毎日病院に来てくれる、しかも洗い替えの洗濯物を持って。大体決まって朝10時頃現れお昼を一緒に食べ(彼女は持参のおにぎりか病院のローソンのコンビニ弁当)1時半頃帰っていく。それが毎日、彼女に言わすとWALKINGのエクササイズだといって笑うけど、毎日コンビニ弁当で大丈夫かとか、いつ洗濯するのだろうかといろいろ心配になる。去年の入院は10週間と長かったけど土日は外泊(帰宅)できたのでお見舞い通院も週休二日だったけど今回は土日も経過観察で休みなし。気の抜ける日がなかった、入院しているのも辛かったけど彼女も大変だったのじゃないかな?

 でも退院した今はもっと大変かも知れない。水分摂りすぎにならないよう食べやすくて高カロリーなものをいろいろ考えて出してくれている。こちらも死ぬきで頑張って食べているけど(笑)病院と違っておいしいのがなにより。無理してお米食べなくてもいいしね。

 12月9日結婚38年、39年目があるかどうか分からない。毎日を大事にしなければ。奥さんに感謝。

 結婚記念日だけでなく誕生日も病院で迎えてしまった。今度はその話しかな?  

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2011年12月18日

入院:ナトリウムとカリウム

 退院はしたものの書くこともないのでこれからしばらく入院中の状況など書いてみようと思う。
 まず何故4,5日の予定の抗ガン剤テスト入院が3週間にもなってしまったのか。
 前にも書いたけど去年の放射線治療の副作用で唾液が全く出ない。だから食事のたびや日常でもお茶を浴びるように飲んでいた、奥さんに言わすと1日4リットルほども飲んでいたとか。それ自体は悪いことではないそうだけど、充分な食事のできている人の話。食べにくいこともあってほとんど食事も満足に摂らない、そんな生活を1年続けていた限界が近づいていたらしい。ナトリウム低下の特徴らしい元気が無くぼーっとした日が多くなっていた。ちょっと前から定期点滴でナトリウム低下が指摘されていたけど医者もさほど深刻に考えていなかったらしい。それが強い抗ガン剤の注射をトリガーに限界を超えてしまったのではないか(素人考えだけど)。退院予定の4日目にそれが表面化、入院延長で治療ということになってしまった。

 治療は食塩水の点滴なのだけど、嫌だったのおしっこの管をつけられたことと水分摂取制限。最初1日は絶飲食、その後は1日800CC、3日位でナトリウム低下は改善されておしっこの菅も外れたけど相変わらず水分は1500CCに制限、それも終わって退院かと思ったら今度はカリウムが低下しているとまた入院延長。今度は塩化カリウム(塩だ)の粉を服用させられ心電図計まで付けられ経過観察、相変わらず水分制限で一週間。土日薬を服用月曜にはカリウムも正常に戻ったのに退院は週末だという、そうなるとこちらも諦めの開き直りムード、保険金稼ぎと割り切って我慢することに。とにかく水分控えめで食べることのコツ取得にがんばる。で予定どおり数値も安定して16日退院に。

 結婚記念日も誕生日も病院で過ごすという珍しい12月になってしまった。結婚38年目、次回は入院と奥さんとでもテーマに書いてみようか。  

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2011年12月16日

お久しぶり

 4,5日の入院のつもりが3週間19日間になってしまった。今日16日午前中なんとか退院。ぐったり疲れた。左目はまぶたがたれ開きにくくなるし人相が変わってしまった。耳もますます遠くなり補聴器を常用する必要も。せめても入院前の元気な姿を雷太一家や迪子ちゃんに記憶してもらえただけでも良かったと思わねば。右目の視力も(一時的なのか?)落ちているので今日はこの辺で。夕方は歯医者再開。1月10日に再入院2度目の抗ガン剤再挑戦予定。クリスマスとお正月は家で過ごせるしミーチャンたちにも会える、今回の入院で何が起こったのかはまた次回に。取りあえず退院のご報告でした。  

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2011年11月26日

入院

 22日の診察で組織検査の結果が分かった。上皮性扁平癌、前の転移と同じでこの下咽頭癌が今までの悪さをしていたという。小さな癌で目視できるし手術をするのかと思ったが手術はできないという。今までと違った抗ガン剤での治療となると言う、結局は手術のような根治療法で無く抗ガン剤による延命治療になる金のかかる治療がいつまで続くのだろうか。

 取りあえず1週間程度入院して抗ガン剤の相性を見るという。25日金曜日からではどうかと言われたが木曜まで東京、あまりに慌ただしすぎるので28日月曜からにしてもらう。終わりがいつになるのかはっきりしないけど金曜では中3日しかない、早くて次の月曜ではないかと思う。パソコンが無いのでその間ブログはお休み。書けるネタは沢山あるのに気力がないので明日は無理、東京行きで疲れたのかな。

 23日24日は東京、出発直前まで「行ける?止める」と奥さんは心配の様子、今行かないともう行けなくなるかも知れないなんとかなるさと出かけた。おかげで冴香や孫たちにも会えたし迪子ちゃんの名ガイドで短い時間だったけど鎌倉を満喫できた。残念なのは神宮外苑の銀杏並木が全く色づいていなかったこと。見物客の多さとずらり並んだ屋台を眺めただけで終わり。

 東京でしっかりくたびれたのかここ二日ぐったりしている歯の痛みも取れないし(神経抜いてるのに)鎮痛剤も効かない、神経性のものなのか歯医者さんもお手上げの状態。だから入院準備は奥さん任せ、旅行の写真の処理もほったらかし。それができたら退院後にブログに載せようかと思うけど、退院後そんなに元気でいられるのか不安。

 ここまで書いてかなり疲れた、東京報告や入院報告は次回以降に。

   

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